秘密の箱庭

霊体と肉体の視点から日常を徒然

【ナンプレ大好きさん】旦那様、京都御所でした✨

スノーさんからの情報です!

ありがとうございます(#^.^#)

 

スノーさんより

ナンプレ大好きさんの旦那さんの神社って京都なんですか?
最初平安神宮に似てるな〜と思ったけど、京都御所の紫宸殿がそっくりです。
ただ桜は右だけですが、他の場所の桜がキレイ🌸


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京都御苑 桜 京都御所

 

↓記事はこちらです。

うーん、ビジュアルは見えたものとよく似てます。

京都御所の紫ほにゃにゃら殿とやらだそうです。

 

お写真もいただいたので霊視してみたら、合っておりました!

スノーさんが平安神宮も教えてくださったんですが、そちらは違いました。

 

調べてみました。

シシンデンと読むんですね、かっこいい。

 

紫宸殿は本来天皇の私的な在所である内裏の殿舎の一つであったが、平安中期以降、大内裏の正殿であった大極殿が衰亡したことにより、即位の礼や大嘗祭などの重要行事も紫宸殿で行われるようになった。

内裏は鎌倉時代に火災にあって以後、再建されることはなかったが、紫宸殿は臨時の皇居である里内裏で再建され、現在の京都御所(これも元は里内裏である)にも安政2年(1855年)に古式に則って再建されたものが伝わっている。

その構造は正面九間の母屋(もや)の四方に庇を巡らせ、さらにその外側に高欄の設置された簀子を配しており、母屋中央には高御座が置かれている(古くは帳台が置かれた)。

母屋と北庇との境は賢聖障子(げんじょうのしょうじ)と呼ばれるパネル状の押障子で仕切られており、南庇中央には18段の階(南階)がある。

 

紫宸殿の南庭には東に桜、西に橘が植えられており、それぞれの近くに左近衛と右近衛が配陣したため、左近の桜、右近の橘と称される。

左近の桜はもともとは梅だったといい、乾枯したのを契機に桜に植え替えられたという。

 

左近衛の陣所は宜陽殿に続く軒廊(こんろう)にあり、「左近陣座(さこんのじんのざ)」と呼ばれた。

摂関政治全盛期にはここで摂関を座長とする朝議(陣所で行われるため陣議・陣定といい、帯仗が許されたため仗議ともいう)が盛んに行われ、実質的な国政の中心となった。

まれに校書殿東庇にある「右近陣座」でも行われ、『年中行事絵巻』に「右近衛陣座」として描かれている。

 

引用 Wikipedia

 

うーん、見えた方は神様らしいんですが、神様情報がないですね泣

ここで合ってるらしいんですが、情報がなくて残念です泣

 

とりあえずここまで判明しました(#^.^#)

 

 

では!